カムパネルラの日記B
〜少女と黒猫〜


 路地裏で行き倒れている黒猫を拾った。
 両手でその子を抱えているから、私は上手く傘をさせず、身体が雨でどんどん濡れていった。
 寒い……
 服が濡れて肌に張り付き、体温をどんどん奪っていく。
 吐く息も白い。
 早く家に帰らないと、風邪で倒れちゃうかもしれない。
 黒猫に刺激を与えないように、早歩きで急いで家に向かう。
 途中傘が肩から落ちたけど、無視した。今は何よりもこの黒猫を家に、自分の部屋に運びたかった。
「……もうすぐだからね」
 そっと囁くように私は黒猫に言った。
 家の玄関に辿り着くと、まずはそおっとドアを開けて、すぐに身体を家の中に入れる。そのまま靴を脱いで、忍び足で部屋に向かう。 悪いことはしていないのに何でこんなことする必要があるんだろうと思うけど、やっぱり両親だ。
 喧嘩を始めてからの二人はとても怖いし、近づきたくない。
 ご飯のときは仕方なく一緒にいるけど、普段はずっと離れている。
 階段を登りきり、部屋に入る。ここでやっと一息つけた。
「あー。疲れた」
 思い切り息を吐いてから、クローゼットを開けて中からバスタオルを取り出す。そのまま身体を拭かずに、バスタオルを二つ折りにしてベッドの上に敷く。
 それから黒猫をその上に乗せた。
 黒猫はただ静かに呼吸して動かなかった。まるでというか、そのまんま寝ている。
「……やろぉ」
 こちとら苦労して(少し)、君を運んだんだぞぉー。
 あのまま放っておいたら確実に今君は生きていないんだぞー
 少しくらいは感謝してくれてもいいんじゃないかなー?
 あまりにも気持ちよさそうに寝ているから、少し腹が立った。
 だけど、所詮相手は猫。言葉は通じない。
 まさに猫に小判、馬の耳に念仏
「……ったく、本当に気持ちよさそうに寝ちゃって……」
 腹が立っていたけど、気がついたら、そんなもんはどっか行っちゃっていた。
 今はただ愛おしい
「…くしゅん」
 いけな。黒猫に構いすぎて自分のことを忘れてた
 黒猫にはバスタオルかけて暖かくしているのに、自分はまだ身体も服も濡れたまんまだ。
 これで風邪ひいたら、笑えない冗談だよ……
「……シャワー浴びよ」
 クローゼットから着替えとバスタオルをもって、部屋を出る。
 もう一度黒猫を見てみる。ただ寝ていた。
 あれなら当分目を覚まさないかな? そーっとドアを閉めた。


「困った…」
 いざシャワーを浴びに行こうと思ったら、そうだ。忘れていた。
 今お父さんとお母さんがリビングで睨み合いしているんだった。
 いや、別にお風呂場に行くのにリビングを通らないと行けない訳じゃないけど、なるべくシャワーを浴びているのに気づかれたくないんだよね
 あんま知られたくないし。
 シャワーなんて浴びれば、音が聞こえて、ばれるし。いや、ばれても何にも起きないけど、私的に知られたくない
 そんな訳で私は困っている。
「どうしよう」
 シャワー浴びるのを諦めて、軽く身体拭いて済ますか。でも、風邪ひくかもしれない……
 あ、でも…
「馬鹿だから風邪引かないかぁー。あっはっはっは」
 …………自己嫌悪
 何やってんだろ……
「……って。あ」
 名案が浮かんだ。
「なぁーんだ。こうすれば良かったんじゃん! 私って天才ー!」
 ガッツポーズ!
 自分で自分のことを天才なんていうことにはツッコミなしねっ!!
 結局私はその名案、すなわち、シャワーを浴びず、洗面器にお湯をはってそれを頭からかぶることにしたのだった。

「あー。さっぱりさっぱり〜」
 シャワーや湯船につかっている時のほうがもっとさっぱりするけど、今回はコレで我慢。
 それなりにすっきりしたし。
 牛乳が飲みたくなったからリビングをそおっと覗いてみると、……まだ向かい合ってるし。
 これじゃあ、台所に行けないな。諦めて部屋に戻ろう、と。
 部屋に入ると、黒猫は………まだ寝てるし
 なんとなーく、おきているかなーって希望的観測をしていたんだけど……
「…………」
 黒猫の近くに座って、改めてよく見てみる。
 毛並み:普通
 大きさ:普通
 その他:なんだろう?
 とりあえず、どこにでもいそうな黒猫だ。補足。「どこにでも」というのは、この街の外ということなので。
「……おーい」
 なんとなく、声をかけてみる
「いつまで寝てるのー? そろそろ起きてみないかな?」
 黒猫は寝たままだった。うん、ま、これで起きてもらえたらそれはそれで凄い。
「……うりうりうり」
 人差し指で頬の辺りを突いてぐりぐりやってみる。
 起きやしないし。
「ちぇー」
 反応しない黒猫から私は興味をなくして、本棚から一冊本を取り出して読み始めた。
 本のタイトルはAmerica。
 私が初めて自分のお金で買った本。
 内容はAmericaという理想郷を捜し求める話。
 しかも、これは舞台はフィクションだけれども、この作者が実際体験したノンフィクションストーリーだ。
 私はこの話が好きで、いつもいつも読んでいる。
 読みながら、私はこの作者のイメージをつかんでいた。そして、物語を共に楽しんでいた
 だけど、いつも分からないことがある。
 それは、Americaがどこにあるのか。何なのか。それだけが分からない。
 Americaという存在は決してフィクションではなく、事実上ある。
 あとがきにも「Americaは決して幻想ではなく、実在する。わたしはそこに到着し、今これを書きながらAmericaでの生活を楽しんでいる」
 こんな風にある。
 私はそれから世界地図を引っ張り出したりして、Americaの地名を探してみたけれども、一度も見つかっていない。作者に聞いてみようかと思ったけれども、すでにこの世にはいない。
「……なんでどこにものっていなんだろーなー」
 そんな事をぼやきながら、ページを捲っていく。
 気がついたら、文章を読んでいなかった。
 ただ、本をパラパラとやるだけ。
 何も考えず、頭が真っ白に。
 いや、考えていたのかもしれない。Americaのことを。でも、記憶が曖昧だった。
 本が一巡した。
 かまわずまたページをパラパラ捲っていく。
 また一巡。閉じずにそのまま最初からまたページを開いていく。
 目の焦点が定まらなくなってきた。
 何も聞こえなくなった
 それに続いて、思考はどんどん消えていく。
  深く深く………
   真っ暗な闇の底へ………
    もっと……もっと……

「っ!!」
 急に我に返った。少し嫌な汗をかいている……
 どのくらい経ったんだろう……。そう思って壁の掛け時計を見てみる。
「あ、もうこんな時間」
 気がつけば、いつもご飯を食べる時間。
 そういえば、お腹が空いている。
「ん〜……」
 気まずい空間に身を投げるのはイヤだけど、背に腹はかえられないのだ。
「とりあえず、ご飯食べてこよ〜っと〜」

 私が部屋に出ると同時に、あの黒猫が目を覚ましたことに私は気がつかなかった。
 そして、この黒猫との出会いがこれからの私の運命を変えるとは、これっぽちも思わなかった。
 全ては、この「本」にあり



To be continued...





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